祖川真兵衛総本家の歴史 

天保から令和へと続く祖川家の歴史

1830年代 初代祖川真兵衛が鶴屋旅館の母体というべき船着き宿を創業

江戸時代・志佐村の地図

二代目 祖川兵作・トメ
三代目 祖川徳五郎・トイ

長崎県北松浦郡志佐村浦免(現在の住所です)

四代目 祖川俊作・リト 
明治四十三年十月十日鶴屋旅館設立。


五代目 祖川一郎・八重子
松浦市唯一の日本観光連盟(日観連)でした。

六代目 山口正善~祖川久美子 

昭和五十三年 割烹旅館、和風レストラン鶴屋に業態変更。
この頃から 鯉料理、鰻料理を始める。
料理人 中村友文氏、中村健吾氏、中村勇氏に感謝。

七代目 一般社団法人 全国鰻蒲焼商協会


 


ハワイ・オアフ島。
金刀比羅神社・ハワイ太宰府天満宮

祖川静祐の娘、きょうこが嫁いだとこです。
漁師からの転職してヨシノブイサが建立
ハワイに行かれたときはお立ち寄りください。


明治時代、木野ふみをという音楽家が宿泊して曲を作ってくれました。

鶴屋小唄

作詞作曲 木野ふみを

招く松浦 みどりの風に
呼べばあの娘の あですがた
庭の泉水 ひ鯉に真鯉
そっと寄り添う 仲のよさ
アレサ 鶴屋は仲のよさ

名さえうれしい あの志佐川の
水で育った 銀の肌
いとし鮎なら なつかし香り
したもとろける 味のよさ
アレサ 鶴屋は味のよさ

たとえ一夜の 旅寝にしても
交わすさかずき えん結び
鶴は千才よ また逢う日まで
あつい情は わすられぬ
アレサ 鶴屋はわすられぬ

船宿~旅館~割烹旅館~鰻専門店
時代の流れと共に商売の形も変化してきました。これからは全国に向けた商品を販売していこうと思います。